アジア型立憲主義の解明―人権保障と法的安定性強化のための研究ネットワーク-小畑郁
- 事業名
- 日本学術振興会・研究拠点形成事業B
- 研究代表者
- 小畑郁・名古屋大学大学院法学研究科教授
- 事業期間
- 2019年04月 ~ 2022年03月
1.事業の目的
本事業は、アジア諸国において近年急速に浮上してきた「非立憲主義」的ともいえる憲法(=以下、アジア型憲法と呼ぶ)の登場について、その現象を歴史的、また論理的に解明することを通じ、アジアにおける人権保障と法的安定性の確保の将来像を構築するための研究ネットワークを形成し、今後現れ得るこの地域の法的不安定要因にも共同して解決策をすることを提示しうるグローバルな研究体制を確立することを目標とする。
2.問題意識
アジア型憲法は、1つの歴史的産物として現れてきた。一般に憲法学の世界では、「立憲主義」とは、1789年「フランス人権宣言」第16条にいう「権利の保障」と「権力分立」を不可欠な要素とする憲法をもって国家を統治すべきであるとするとする考え方として捉えられてきた。しかし、近時では、人権保障や権力分立を否定的に捉える立憲主義論がアジア諸国で活発になってきた。
近代市民革命によって既存の権威(=君主)に対抗する思想として民主主義と(自由主義に基盤をおく)立憲主義が現れた西洋の文脈と異なり、アジアにおいては、倒すべき対象は強国による支配であったり、民衆の抵抗を支える思想は社会主義であったりした。このことはアジア地域の国家形成と憲法の意味に西洋思想の文脈とは異なる内容を付け加えることになったと思われる(明治国家とその憲法もその一例といえる)。1989年以降、ヨーロッパでは社会主義体制が崩壊し、経済のグローバル化がアジアの社会主義諸国に市場経済導入を促し、この地域の体制に変容を迫り、法体系にも見直しを要求した。しかし、それが必ずしもアジア諸国の自由民主主義体制への移行を生んだわけではなく、かえって「権威主義体制の再生産」、さらに言えば、「非立憲主義的憲法」の登場とも形容できる状況が生まれている。こうした背景にはアジアの特有な歴史的文脈で理解された民主主義や立憲主義の理解があるのではないかと考えられる。本事業は、こうした問題意識の下に、アジア型憲法論の系譜について、「権威主義体制」を1つの軸としながら研究する。
3.対象国の設定とその理由
本事業の研究期間では、対象国を絞り、権威主義体制が社会主義を排除した歴史をもち、アジアの中では経済発展と法的安定性の面で先進的な拠点A諸国(韓国、シンガポール、日本)と社会主義体制を経験して現代に至っている拠点B諸国(ベトナム、ミャンマー、ウズベキスタン)を研究対象とし、これらの国相互での研究ネットワークの形成を目標とする。これらに絞るのは多様な歴史と統治体制をサンプルとして抽出することが可能と考えられるからである。また拠点Bについては、経済と法的安定性の面での今後の急速な発展が見込まれる地域を選んだ。
4.研究交流計画の概要
【1】共同研究
(1)拠点A(シンガポール、韓国、日本)における比較法的共同研究
アジアにおける先進国とされ、法制も整備・安定している3カ国は、それぞれ権威主義的な体制を経験し、現代では異なる統治体制を形成している。3カ国の国家形成過程および現代において立憲主義がどのように理解され、機能しているかを比較検討する。また、これら3カ国では、権威主義は歴史的に資本主義と結びついて展開したと考えられる反面、植民地地域の独立後の憲法への社会主義思想の影響(例:韓国憲法)などもみられる。このような観点を踏まえて、これらの国における立憲主義を法発展モデルとして提示し、またその立憲主義理解の背景にある思想の異同を探る。
(2)拠点B(ベトナム、ミャンマー、ウズベキスタン)の体制における立憲主義概念の分析
現在異なる形態の体制を形成している3カ国の立憲主義理解を分析し、その背景にある民主主義理解と社会主義的要素が3カ国の法制の発展にどのように影響しているかを比較・検討する。拠点Aの法発展モデルが拠点Bにおいて参考になる可能性を検討し、権威主義体制を支える法的メカニズムとその変動要因を明らかにする。
【2】セミナー
拠点A・Bの研究者が日本および拠点Bに随時集まり、公開の国際会議を年2回開催し、共同研究の到達点を確認しつつ、次年度の具体的到達目標を明らかにする。その際、拠点Bを研究対象としている香港、オーストラリア、イギリスの研究者も招聘する。国際会議においては、院生セッションを設け、参加研究者のコメントを受けつつ、議論をする。
【3】研究者交流
名古屋大学法政国際教育協力研究センター(CALE)がこれまでに個別に構築してきた各機関との協力関係を有機的に結合し、A・B拠点を繋ぐ研究ネットワークを作り、多角的な研究者交流を行う。拠点Bの若手研究者および実務家を育て、A・B拠点機関の研究者がアジア地域の法的諸問題を恒常的かつ次世代に向けて継続的に話し合える協力関係を構築する。また拠点B諸国を研究する欧米等の機関との協力関係も形成してゆく。